長月
旧暦の年初から9番目の月。長月の由来は日毎に夜が長くなることから「夜長月(よながつき)」の略であるとする説が最も有力である。その他に「「稲刈月(いねかりづき)」が「ねかづき」となり「ながつき」となったという説、「稲熟月(いねあがりづき)」が略されたものという説がある。また、異名として「色どり月(いろどりづき)」「祝月(いわいづき)」「菊月(きくづき)」「寝覚月(ねざめづき)」「玄月(げんげつ)」などがある。
敬老の日 日本の国民の祝日
国民の祝日に関する法律(祝日法)では「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝うことを趣旨としている。
兵庫県多可郡野間谷村の門脇村長と山本助役が1947(昭和22)年に提唱した「としよりの日」が始まりである。「老人を大切にし、年寄の知恵を借りて村作りをしよう」と農閑期に当り気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、敬老会を開いた。これが1950(昭和25)年からは兵庫県全体で行われるようになり、後に全国に広がった。その後、「としより」という表現は良くないということで1964(昭和39)年に「老人の日」と改称され1966(昭和41)年に国民の祝日「敬老の日」となった。「聖徳太子が四天王寺に悲田院を建立した日」や「天正天皇が養老の滝に御幸した日」である等の俗説もあるがどちらも確かではない。9月15日は2004年から9月第3月曜日となった。
中秋の名月
旧暦八月十五日の月を鑑賞する日。陰暦(旧暦)では七月を初秋、八月を中秋、九月を晩秋といいました。故に八月十五日の月見は、「中秋の名月」と呼ばれます。延喜九(909)年、日本で初めて月見が行われ、貴族たちは月を見ながら和歌を詠みました。次第に武士や庶民の間にも広まり、江戸時代になると、月に稲の初穂、団子、里芋、栗、柿、御酒、ススキなどを供えて、収穫を感謝するようになりました。
秋の彼岸
秋分の日を中日とした前後7日間。仏教では、彼岸会を行い、祖先の霊を慰める法要を営む。彼岸会は桓武天皇の延暦二十四(805)年皇祖の追善供養のため、春と秋の彼岸七日間に全国の国分寺で金剛般若経を読経させたのが始まり。江戸時代には、庶民の間にも年中行事として広まりました。「彼岸」とは「向こう岸」という意味です。こちら岸は、現世で「此岸(しがん)」といいます。「此岸」の欲望や迷い、悩みを断ち切り、生死の海を渡って到達する終局。思想、悟りの世界が「彼岸」であり、つまり煩悩(ぼんのう)を解脱(げだつ)した境地をいいます。