高市内閣が始まりました。女性初めての総理大臣が生まれました。平塚雷鳥が明治四十四年発行の雑誌「青鞜」の創刊号に「元始女性は太陽であった」という有名な書き出しで新しい女性の出現を主張し、大正九年には市川房江らと共に婦人参政権運動に尽力しました。そして百数年経ち、女性総理が誕生しました。
太陽の神である天照大御神が祀られた伊勢神宮が日本で一番尊いお宮であり、邪馬台国の女王専弥呼も偉大な指導者でした。卑弥呼が死んだ後、弟が統治すると国は治まらず、姪の女子が位に着くと漸く国が治まったと、「魏志倭人伝」が語っています。母に抱かれた赤子が安心して眠るように、女性の力は偉大です。今後の日本に期待したいと思います。
皆様の幸福を祈念致します。<宮司>
文化の日(11月3日)
「自由と平和を愛し、文化を進める」ことを趣旨として、昭和23年に定められた。この日は昭和21年に日本国憲法が公布された日であり、日本国憲法が平和と文化を重視しているということである。
またこの日は、明治天皇の誕生日であり、明治節という祝日になっていた(明治時代は天長節といった)憲法公布の日をこの日に合わせたと考えられ、明治時代が文明開化の時代であり、日本が大きく飛躍した時代であったので、明治天皇の徳を偲ぶという事も忘れてはならない。
この日皇居では文化勲章の授与式が行われる。またこの日を中心に文化庁の主催による芸術祭が開催される。
七五三(11月15日)
子供の成長を祝う行事。男子は3才と5才に、女子は三才と七才に当たる年に。氏神様に参詣して成長を報告して福運を祈願する。もともと公家や武家社会で行っていた成長を祝う儀式が由来である。貴族や武家社会では男女が3才になると「髪置(かみおき)」の祝いと言って、男子は剃っていた髪を伸ばし始め、女子は髪を結い始めた。男子の5才には「袴着(はかまぎ)」と言い、初めて袴を履く儀式を。女子の7才には「帯解(おびとき)」と言って、付け紐をとって、初めて帯を結ぶ儀式を行った。江戸時代中期にはこれらの行事をまとめてお祝いをする「七五三」の風習が始まった。親戚等を招き赤飯を焚いて祝った。
新嘗祭(にいなめさ、しんじょうさい)
宮中祭祀のひとつ。我が国では古くから五穀の収穫を祝う風習があった。年毎の収穫物は国家としても一年を養う大切な蓄えであり、大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。11月23日天皇が宮中三殿近くの神嘉殿にて、新穀を天神地祇に進め、御自らもこれを食され、その年の収穫に感謝される。また、新嘗祭は伊勢神宮並びに、それに連なる神社の祭儀となり、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされて、神が召し上がる食事(大御饌おおみけ)を供える形式となった。
昭和23年までは祭日であった。